招き猫ミュージアムができるまで

●その4〜オープン3週間前〜



いまだ手つかずの2Fギャラリー(2000.4月初め頃撮影)


 根本的に展示スペースが足りない・・・ということはだいぶ前から明らかでした。しかし、この期に及んで板東が考えたいきなりの解決策、それは展示室隣の7坪程の車庫兼倉庫まで改造して使うという荒技。まさかと思っているうちに、大工さんが入ってコンクリートのタタキに床を張り、続いてペンキ屋さんと電気屋さんがやってきて、とにもかくにもがらんとした空間だけは完成。今まで倉庫にあった荷物はあちこちに押し込め、クルマには野宿をしてもらうことに。

 板東構想では、ここにはグッズ関係をお店のようなしつらえで見せたいとのこと。昭和30年代の商店街みたいにできればいいのですが、とてもそこまでは作り込めそうにありません。今まで集めてきたガラクタみたいな古道具だけでは足りず、急遽、展示用の什器(家具)を知り合いの骨董屋まで買いだしに行くことに。

 岐阜県にあるその骨董屋さんの倉庫は何かの工場だったというだだっぴろい建物で、埃をかぶった階段箪笥や長持などが、天井まで積み上げられ、まるで迷路のよう。たまたまサンフランシスコの骨董バイヤーの買い付け直後で、コンテナ数台分の家具が輸送を待っていました。ザルや花入れ等の小物にも買い付けシールが貼られ、北海道土産の熊の木彫りも「あっちじゃ人気あるらしいで」とゴロゴロ。

 「これは逸品だから」と勧められたケヤキの階段箪笥の値段を聞いて腰を抜かし、身体をタテにしたりヨコにしたりしながらメジャーでサイズを測り、ささやかな予算の中で、10点ばかりの家具とケース等を選びました。

 さて、実はこの骨董屋さんは招き猫を多く扱うことでも知られているところ。家具を見て廻ると、あちこちに招き猫が置いてあり、その中にどちらも手が欠けてしまっている古瀬戸猫と三河系土人形が。「どっちもモノはいいで、直せばいい値段になるんだが・・・」と骨董屋のおじさん。埃まみれのキズモノだけど、どうしても気になって2匹とも連れて帰ることにしました。

 その後、性懲りもなく岐阜のおちょぼ稲荷や瀬戸を回った結果、帰りのクルマの中には新しい猫がぎっしり数十匹。

「ねえ、今度の猫たちはいったいどこに置くつもり?」
 
「・・・・・・・・」

 

(文:日本招猫倶楽部世話役 荒川千尋 2000.4.10)


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